新しい地域コミュニティにこころを!
「まちづくり」という言葉には、その使い勝手のよさから実に様々な立場の方が、様々な位置づけで使われています。
本来行政や都市問題を取り扱う方々が発している専門的な使われ方から、町に住む住民が自ら住む区域での活動であったり、或いはボランティアなどの公園の清掃や街の防犯活動を指したり、また地球規模から見た環境問題などの観点から見たまちづくりなど、非常に広範囲な活動を網羅的に表現できる言葉として、自らの活動範囲に合わせて使われている非常に都合のよい言葉だとも言えます。
思うにこの「まちづくり」という言葉が持っている源流には、地域社会から発する主体的な意志の表現形として、市民の切なる想いが込められているのではないかと考えております。
「まちをつくる」という行為主の意志が集まり、集団の目的となったその意志の存在とその背景にある地域社会を奏でる地域コミュニティの存在なしには、まちづくりはありえないのではないでしょうか。
日本経済が混沌とした暗い淵からようやく明るい兆しの方向が見え始めてきているのは、
人々の逞しい創造力が次なる世紀への足掛かりとして、物的欲求から精神的欲求への人類進化の予兆をかすかにしかし敏感に感じ取ることができる人々が、各方面で放つエネルギーを拡大しつつあるのではと感じております。
その反面、日本社会で起きている心痛める事件、事故は当人の思想や資質の問題もあるかとは思いますが、幼少からの生い立ちや生活環境における制度的な歪みによって増長されたことも否めないかと感じます。
日本の礼節や思いやりを育む文化は、人々の心の浄化を促し、疎遠となりつつある地域の人々を繋ぎ止める精神的なよりどころとして、新しい社会秩序の中に改めて日本社会にクローズアップされるのではないでしょうか。
このような観点を含め、まちづくりに関わる片隅で活動しているものとして、新しい地域コミュニティ創生の心の問題について、考えてみたいと思います。
