変革の時代における市街地再開発事業
1) 都市再開発法の成立
都市再開発法は昭和44年6月(1969年)制定された法律です。時代はまさに高度成長期の最中でした。前年には霞ヶ関ビルが竣工、超高層ビルの時代が始まりました。翌年には大阪での万博が開催されます。昭和44年は日本のGNPが世界で第2位となった年でもあります。
この時代、急速な経済の発展が人口、産業の大都市への集中をもたらしました。また自動車の普及と、核家族化などのライフスタイルの変化も伴なって都市の機能と生活環境に深刻な影響をもたらしていました。
土地区画整理法、防災建築街区造成法などそれまでの法律を補完し、あるいは統合する形で都市再開発法は制定されました。都市を改造し、機能の回復を目的とし、中心市街地の土地の有効利用、高度利用を促進するための新たな事業の枠組みができました。この法律における仕組みのポイントは「権利変換」にあります。権利変換手法により、区画整理事業ではなかなか困難であった密集し、権利関係が錯綜し、狭小な宅地が多く含まれる都市中心部の整備が可能になったのです。
2) 公共の福利と私権
都市再開発法は、成立の時の社会的・経済的環境に合っていたこともあり、都市の整備に大きな貢献をしました。
平成13年3月現在で、全国497地区、約740ヘクタールが整備され、さらに231地区、約380ヘクタールの事業が進行中です(都市計画決定済みの地区)。
いささか乱暴な整理をすれば、再開発事業は土地の高度利用により希少な資源である中心市街地の土地の有効利用を図り、道路・広場などの公共空間を生み出し、生活資源である住宅や、商業施設を供給する、あわせて都市の防災性能の向上を図ることを目的とした事業です。市民生活の向上のため都市の整備を行う。具体的には道路や駅前広場の整備を行う。住宅を供給する。都市間競合に勝ち抜くよう商業施設など生活関連の施設の確保充実を図る。さらには、建物の不燃化により市街地の防災性能を高める。これらはいずれも市街地再開発事業の実施に対し大義を与えるものでした。
事業を行う地区にはそこに住み、生活し、事業を営んできた人たちがいます。再開発事業の大義、目的は総論としては異論がなくとも、それぞれの地区に当てはめた時、これらの当事者たるべき人々に対し、やはり光輝いているものとなっているのでしょうか。
1980年代半ばからのバブルの影響は、土地に対する所有者の考え方を大きく変え、いまだにその影響が残されています。土地の値段は無条件に上がるものだと考えている人はさすがにいないでしょう。しかし再開発事業の現場では、土地資産に対する執着が一般化し権利の主張が強まった傾向はいまだに色濃く残されているように思えます。自分が育ち、生活し、営業してきた「まち」に対し、自分ができることをしなければという気持ちが失われてしまったままとなっています。
公共事業、公共施設のあり方についての見直しが必要な時にあります。中心市街地におけるその見直しの視点は、公共の「公」と私権の「私」の調和点を探る所にあるのではないでしょうか。昭和64年(1989年)に制定された「土地基本法」は、その成立の時代背景を受けてかも知れませんが、いまだに十分な活用がされていないように思えます。
公共施設の整備に疑問符をつける意識が高まる一方、自分たちの街への関心が高まっている現在は、市民参加を得て「まちつくり」への新たな一歩を築くまさにその時にあるのではないでしょうか。
